2016年9月15日木曜日

君の名は。

『君の名は。』という題名のアニメ映画が公開されているようです。

昨年末の「HalftimeFestival」で板に掛けた芝居、『圧倒的ミクスチャー』。
劇中に、往年の名作『君の名は』を下敷きにしたシーンを入れました。
放送の時間になると女湯がガラガラになったという伝説のラジオドラマ。
当時の女性たちが夢中になって聴いたというラブロマンス。

戦後70年という節目の年でしたから。

ただ、正面切って戦争を描くのは気が引ける。
なぜなら生徒はもちろん、顧問でさえも戦争を知らないから。
もちろん知らないほうが圧倒的にしあわせなんですけれども。
そんな世代の反戦のありかたを考えてみたわけなんですけど。

戦争が終わって僕らは生まれた。
戦争を知らずに僕らは育った。

孫娘「かのん」の身体の中におじいちゃんの意識が入り込む。
かのんの身体を通して、おじいちゃんが心からの懐いを吐露する。
そんな芝居でした。

2016年9月11日日曜日

舞台装置を作りました。

ここは南校舎1Fのピロティです。
朝から雨模様だったので、屋根のある場所を作業場にします。
ピロティはバス通りに面しています。

適度に段差があったり直角があったり、何かと便利です。
よく利用させてもらっています。
段差で部材を切断します。

言っときますが、今日はペンキは使ってませんよ。
ピロティの白いペンキのシミはウチらじゃないですよ。
壁を利用して釘打ちです。

静まりかえった校内にナグリの音が響きます。
それにしても他の文化部の姿が見えませんね。
月末には学園祭なんだけどね。
吹奏楽部でさえ不在みたいです。
丁寧に採寸します。

例年であれば中古のベニヤ板を生徒会からもらうのですが、
生徒会顧問の先生に聞いたところ、なにやら今年はやる気のある役員が全部処分してしまったとのこと。
使用済みの一見無価値に思えるベニヤでも、ウチらにとっては貴重な部材なんすけどね・・・。
もったいないハナシですわな。

本番は再来週です。
なれども装置はまだまだ未完成。芝居の稽古も前途多難。
これから合い間を縫って、徐々に造っていきます。
がんばっていきまっしょい!

2016年9月9日金曜日

ミント光臨!

『本日は快晴なりっ!』稽古の日々です。
稽古場に使わせてもらっている教室は南校舎2Fの一番奥です。
隣の大講義室では16:30まで授業なので、それまで音出し&声出しができません・・・。

とは言え本番も近いので、薄ぅ~く迷惑にならない程度に曲をかけます。
今回も芝居の冒頭にオープニングのダンスが入ります。

そのダンスの稽古中、ふいにミントが顔を出してくれました。
クラスの文化祭準備の合間に来てくれたのですが、早速巻き込みます。
未完成ですがとりあえずできるところまで、ダンスを見てもらいました。

ご本人はすぐにクラスの仕事の方に向かわれてしまいましたけれど、
的確なアドバイスをありがとうございました。
やっぱりダンスはグルーブですよね。
これからも、どうぞ遠慮なく稽古を覗いてください!
必ず巻き込みますのでよろしく。

本校は土曜日も授業です。
活動は13:00からです。

やらなあかんことは山ほどあります!
がんばっていきまっしょい!




2016年9月5日月曜日

呼吸を盗む

セリフを憶えてきて、ただ発話するだけ。
順番どおりに、用意してきたとおりに言うだけ。
それではお芝居にならないですよね。

まず、相手を(つまり共演者を)意識することが大切です。
独り善がりの芝居は、観客が物語世界へ没入するには邪魔なものです。

同じ板に立つ共演者との横のつながりを意識すること。
つまり、役者の息が合わなければ芝居は成立しません。
役者だけでなく、カンパニー全体の相互信頼が感じられなければダメだと思うのです。
だから、圧倒的な稽古時間が必要なんです。
一緒に過ごす時間は、長ければ長いほどいい。

ウチが劇団を名乗る理由は、そこにあるのかも知れません。
引退しても卒業しても、退団さえしなければ、いつまでも劇団員です。家族です。
終身です。永年団員です。劇団費は無料です。

そうやって仮想現実世界を板の上に創りだしたら、
観客を物語世界にいざなうために、「呼吸を盗む」ことをします。

役者は芝居の中で意図的にはっきりとした呼吸をして見せます。
観客にも息をピッタリ合わせてもらうためです。
役者は素の自分の息を見せてはいけません。見せていいのは役の人物の息のみです。
『本日は快晴なりっ!』の中で、主人公のひとりである恵麻が「楽息楽読み」を説明するくだりがあります。
自分勝手な呼吸(間合い)で原稿を読むだけでは、聴く人には伝わらない。
アナウンスを志す高校生たちの話ですが、演劇にも通ずる話をたくさん盛り込んであります。

自分たちの創作なのに、自分たちの芝居の拙さをかえって浮き彫りにしてしまう。
気付いてみたらそんな怖ろしい台本になっていました。

たっくさん稽古しましょう。一分でも、一秒でも。
明日もがんばっていきまっしょい!