『月虹モラとリアム』
《CAST》
モラ
リアム
リュート
カノン
母さん
赤鬼
青鬼
語り部
【第一景】
小雨模様の海岸、波と風の音
時折、鳥の声がする
モラ 「あぁ、アジサシが、還ってきてるのね」
リアム「見えますか、アジサシが」
モラ 「ふ、まさか。鳴き声でわかるのよ。私も年をとったわ。情けないことに、目ももうだいぶ霞むようになって。双眼鏡でも持ってくれば良かった」
リアム「いいえ。あなたは以前と何もお変わりがない。僕の大好きなモラのままです」
モラ 「ありがとう。でも、寂しいものね。記憶も曖昧になる一方で、なんだか頼りないのよ。リアムと一緒にいた頃の記憶が、もう、ね。だから、忘れてしまう前に、リアムに逢ってどうしても言いたいことがあって」
リアム「それで、地球に帰還されたのですね」
モラ 「例の、人喰いバクテリア? あれが死滅したって聞いて」
リアム「不思議なことに、ある日を境にいっせいに姿を消したんです。あの頃は、もう地上には草木一本生えない、とまで言われましたが。人喰いバクテリアが姿を消して、ここ数年でもうだいぶ生態系が回復しています」
モラ 「今度、火星に住むことになってね。息子夫婦が呼んでくれて。そうしたら、生きてる間にもう二度と、地球に還ることもないだろうから」
リアム「火星ですか。遠くへ行ってしまうのですね」
モラ 「本当に何年ぶりかしら。ここへ来る途中にも道端にキレイな花がたくさん咲いていたわ」
リアム「ここではよくモラと鳥を観察しました。ここは、大切な場所です」
モラ 「雨があがったみたい」
リアム「月が……(スポットライトが月を描き出す)」
モラ 「夜空にぽっかり、お月様が出ると、つい月に見入ってしまうけれど」
リアム「月虹のはなしですね。もし霧雨がさっと降ったりしたら、月に背を向けてみて。もしかしたらそこに『月の虹』が現れているかもしれないから。モラが教えてくれました。月虹は幸せのしるしです」
モラ 「私が言った通りを一言一句、精確に記憶してるのね」
リアム「僕の電子頭脳には、モラと過ごした日々のすべてが記録されています。お望みとあらば検索します。キーワードを教えてくだされば」
モラ 「(月と反対の方角を見て)今夜は、月の虹は出ていないみたいね……。そうね、検索をお願い。キーワードは、月、別れ、後悔」
リアム「了解しました。検索を始めます」
♪「ダンス曲」♪
小学生姿のリュートとカノン、鬼パートのキャストは和装
リュートとカノンが、モラの衣装を左右に引く
と、モラは小学生の衣装に早替わり
ランドセルをモラに背負わせる
箱馬を森村家の居間の形にセット
【第二景】
森村家の居間
リラ(モラの母)と向かい合わせに、青年が腰掛けている
モラ 「ただいま!」
リラ 「おかえりなさい」
モラ 「あ、お客さま。こんにちは」
リラ 「お客さまじゃないわよ。今日から一緒に暮らす、新しい家族よ」
モラ 「かかか、家族?え、もしかして、ととと、父さんの隠し子?」
リラ 「残念、そうじゃなくって」
モラ 「んじゃ、母さんの隠し子?」
リラ 「ちょっと。こんなおっきい子をあたしが何歳で産んだってことになる?」
モラ 「そんな、急に家族だって言われても……。いったい……どちらさま?」
リラ 「モラ、よく見て。人間じゃないのよこれ。地下室で偶然見つけたの」
モラ 「地下室ってことは、父さんが造ったロボットってこと?完成品があったの?」
リラ 「そ。厳重に封印されてたから今まで気付かなかったけど。ってことは逆に失敗作なのかも。世の中に出せないような」
モラ 「あぶなくないの?」
リラ 「とりあえずいま、充電してるから」
モラ 「充電、って、はぁあっ?家庭用電源ッ?家庭用電源で行けるのッ?」
リラ 「ホラ、こんなのあるし」
モラ 「取扱説メイsy……トリセツがあんのね」
リラ 「まずは起動させましょう。電源ボタン、ポチっと。え~、使用上の注意。最初に、『ロボット三原則』を学習させる。
1.ロボットは人間に危害を与えてはならない
2.ロボットは人間の命令に従わなければならない
3.ロボットは自身を守らなければならない……」
モラ 「どうやって学習させんの?なんて書いてある?」
Limited Automaton「了解しました」
モラ 「まさかの音声入力!?」
Limited Automaton「システム再起動します」
リラ 「あの人、こんなの作ってただなんて」
モラ 「ねえ母さん。この子、名前は?」
Limited Automaton「名前は、まだない」
リラ 「Limited Automaton。リ、ア……ム。リアムなんてどうかしら」
モラ 「リアム?……うん。あなた、今からリアムね。おねがい母さん、この子あたしに頂戴な」
リラ 「ん?まぁ遊び相手にゃちょうどいいか?でも父さんの発明品である以上、普通に欠陥がありそうだから、もし誤作動するようだったら、すぐにシャットダウンするのよ」
モラ 「あたしモラ。ねぇリアム。あなた、鳥、見る?」
リアム「TORI?とは何ですか?」
モラ 「ホラ。(鳥の図鑑を見せる)これが鳥よ」
リアム「鳥、鳥、(図鑑にひと通り目を通して)」
モラ 「そうだ、ホンモノの鳥を見せてあげる。ねえ母さん、リアムと外に行ってくる。いーでしょ?やったぁ。リアム、ついて来て」
リアム「(図鑑を閉じ)理解しました」
リラ 「あんまり遠くに行かないのよ」
鳥の鳴き声がする、双眼鏡で覗くモラ
モラ 「ねぇ、鳥って昔はなんだったか知ってる?」
リアム「知っています。恐竜です。恐竜が進化して、鳥になったと考えられています」
モラ 「ふぅうん、知ってんだ」
リアム「先程、学習しました」
モラ 「え?あ、この図鑑で?じゃあ恐竜がなんで絶滅したか知ってる?」
リアム「いいえ、知りません」
モラ 「へっへん。あのね、でッかい隕石が地球にぶつかって、カンキョーがゲキヘンしたんだって、って説が有力なんだけど。あたしはウイルス説も中々捨てがたいと思ってるんだよね」
リアム「モラは物識りですね」
モラ 「え?へへん。そうかな?」
【第三景】
小高い山の上に二匹の鬼
麓の村から聞こえてくる、笛や太鼓の音
語り部「むかぁし、昔。鬼の子が二人、人里離れて暮らしておった」
赤鬼 「おい、見ろ、青鬼」
青鬼 「どうした、赤鬼」
語り部「名前を忘れてしまったので、『赤鬼』、『青鬼』と、互いに呼んでおった」
赤鬼 「見てくれ、あれを。村人たちが着飾ってらぁ。祭りだよ、楽しそうだなぁ。うまそうな匂いもするぜ。これ絶対うまいやつぅ」
青鬼 「よせよせ、人間なんかに興味を持つな。連中と関わると碌なことにはならん。赤鬼とて、酷い目に遭わされているではないか」
赤鬼 「ごつい石を投げられて、頭が割れたことか?あ、それとも牛をけしかけられて、肋骨を折ったことか?そんなの大したことじゃないよー」
青鬼 「いや、大したことだろーそれ。妾の予想以上に酷い目に遭っておるな」
赤鬼 「なあ青鬼。ワシはなんとかして人間と仲良くしたい。良い方法はないかな」
青鬼 「はぁ~っ、赤鬼は言い出したら聞かんからな。では、仕方ない。まず妾が先に村に下りる」
赤鬼 「え?ずるい、青鬼だけうまいm……」
青鬼 「最後まで聞け。そこで妾が大暴れをする。そこに赤鬼が登場。妾を懲らしめる。そうすれば連中にも、お前が悪い鬼ではないということが伝わるだろう」
赤鬼 「う~ん、しかし、そううまくいくかな」
青鬼 「やるのか、やらないのか」
赤鬼 「ぅう、わぁかったよ。やってみるよ」
青鬼が村を襲撃するME、赤鬼が登場する
赤鬼 「待てぇ~い!赤鬼、参上!青鬼、それ以上の狼藉は、この赤鬼が許さん!ん~っ、変身!……何も起きん。とうっつ!ん~、懲らしめるって、いったいワシはどうすれば」
青鬼 「オイ!さっさと殴らんか!怪しまれるぞ」
赤鬼 「そんなこと言ったって」
青鬼 「……赤鬼が殴らないというなら……ぐわっ(殴られたかのように)」
赤鬼 「え、え、どうしたの」
青鬼 「おっ、なんだこのチカラはッ!かっ、からだの自由が利かぬ!なんという神通力であろうか。これではとても悪さができぬ。退散じゃ!」
赤鬼 「お、おぉう」
青鬼 「(去り際に)憶えておれ!赤鬼ぃ!」
おそるおそる赤鬼に近づく村人たち
【第四景】
チャイム
下手から飛び出してくるモラ、リュート、カノン、そしてリアム
小学三年生、ランドセル、モラは片手に鳥の図鑑
モラ 「(袖中に向かって)じゃーねー。また明日ねー」
カノン「ねえモラ、また見せてよ、渡り鳥」
リュート「モラは鳥が好きだもんなあ」
モラ 「いいよ。じゃまずカノンからね。リュートはあと」
リュート「ちぇ~」
モラ 「ホラ。覗いてみて」
カノンが双眼鏡を目にあてる
モラ 「えーと、あ、こっち(カノンのからだの向きを変えてやる)」
鳥の声
カノン「わあ、すごい。鳥が近くに見える。なんていう鳥?」
モラ 「鳴き声でわかるよ。あれはk……」
リアム「キビタキです」
モラ 「あーリアムずるい」
リュート「へえ、鳥に詳しいんだなリアム」
リアム「モラのおかげで覚えました」
モラ 「リアムはね、記憶力がすごいんだよ。一回読んだ本は全部憶えちゃうのよね」
リュート「え、そりゃあだって、ロボットだから。マシーンだから」
カノン「ありがとう、モラ。リュートにも見せていい?」
モラ 「うんいいよ」
リュート「(双眼鏡を覗き)おおおぅ。すげえ遠くまで見える」
カノン「もっと遠くまで見える?」
リュート「え?遠くまで(覗きながらあらぬ方向を)」
カノン「もっと。もっと遠く。……もっと、もっと」
モラ 「どした?カノン」
リュート「あれ?おお、すげえ。月が見える」
モラ 「月?」
カノン「!実はあたし、引っ越すことになったの!月に!」
リュート「え?」
モラ 「引っ越すって……いつ!」
カノン「来月」
モラ 「そんな急に……」
カノン「簡単には会えなくなっちゃうね。……けど、永遠に逢えなくなっちゃうわけじゃないから」
モラ 「カノン……」
カノン「……さよなら」
モラ 「さよなら」
単サスにモラ、語りの現在
モラ 「あのころの私は、さよならって言葉は知っていたけど、その本当の意味まではわかっていなかった……」
この間にリュートとカノンがはけている
入れ替わりにリラが出てくる
常の照明に戻る、物語の現在
リラ 「そっか。カノンちゃんち、お父さん科学者だからね。きっとお仕事の都合ね」
リアム「どうかしましたか?モラ。脳波レベル、落ちてます」
モラ 「えぇ?うん。友だちと別れるのに、楽しい気分になんかなれないよ」
リアム「モラは気分が悪いのですか」
モラ 「今までずっと一緒にいた友だちと会えなくなるんだよ。悲しいに決まってるじゃない」
リアム「その、悲しい……とはなんですか?ずっと疑問なんです。わかりません。人間の感情について、納得いく説明をした本を、僕はまだ読んでいません。……世の中の本を全部読んだわけではありません。僕の知識はまだまだです。間違って憶えていることがあるかもしれません。勉強しなければなりません。もっと」
モラ 「勉強して、どうするの?」
リアム「モラの好きなもの、好きな音楽、考え。モラが何を悩み、何を喜ぶのか。ちゃんと知りたいんです。モラのことを、何もかも知りたいんです」
リラ 「そういうことなら、ウチの人が遺した本がいっぱいあるわよ。まぁ、かなり偏ったジャンルの本ではあるけど。ちょっと地下室行って見てくるわ」
モラ 「あたしの好きなもの、か。あたし、鳥が好き。それとお花も。読書が好き。父さんの本は難しいからあんまり好きじゃない。物語はね、好き……」
MEあおると、セリフが聞こえなくなる
まだまだ熱心に話し続けるモラ
嬉しそうに聞いているリアム
【第五景】
村人(語り部)「赤鬼よ、赤鬼。優しい赤鬼よ。お前に力を貸して貰いたいんじゃが、手伝おてはくれんか?」
赤鬼 「もちろん!ワシにできることなら、なんでもやるぞ!なんてったってワシはとっても強い神通力を持ってるからなぁ!ただ、あの、あんまり鬼、鬼、言わんでもらえるか。元はと言えばワシもまた同じ人間……」
村人 「のぉ赤鬼!荒れ地を切り拓きたいのだが。この岩を除けてもらえるか?」
赤鬼 「おーよ!(腰を低くして岩に手をかけて)……ふんにゅぅ!!どっせい!」
村人 「やった!この土地はおらのもんだあ!」
赤鬼 「よかったの!こんでん、ええねん!」
村人 「なぁ赤鬼、お前は『燃ゆる水』というのを知っておるか?」
赤鬼 「燃ゆる水?」
語り部「燃ゆる水、というのは、現代で言う石油のこと。「日本書紀」によれば、天智天皇七年に、『越国(こしのくに)燃ゆる水を献ず』と記述されています」
赤鬼 「知っとるぞ。うん?燃ゆる水がどうしかしたって?」
村人 「ちょぉ~っとでええんよ。手に入らんかのお」
赤鬼 「お安い御用だ。しかし、そんなもんどうすんだ?言っとくが、燃ゆる水は、飲んでも旨くはないぞ」
村人 「いやいや、気にしない気にしない。え?てか、お前、飲んだのか?」
赤鬼 「もちろん!任せておけ!」
ビュー!赤鬼が風のように去る
村人甲「のっほっほ。赤鬼のおかげで村が潤うのお」
村人乙「赤鬼サマサマじゃあ」
村人甲「苦労して畑を耕す必要もなくなったのお」
村人乙「燃ゆる水をタダで手に入れて、売り捌くだけじゃ。楽なもんよ」
村人 「のっほっほおー(悪い笑い)」
赤鬼 「おーい!次は何をして欲しい?」
村人 「あーもーよかよ。赤鬼も、ちったあ休まんね。(セミの声SE入る)……やけん、そうじゃのお。今年の夏は暑かねえ。のお赤鬼」
赤鬼 「ああん、何でも言うてみろ」
村人 「ここんとこ、とんと雨が降りよらんのじゃが。このまんまじゃ村じゅう干上がっちまう。そこで、お前の力で雨を降らせちゃあくれんかのお。あの溜池がいっぱいになるぐらいの雨をのお」
赤鬼 「もちろん!お安い御用だ!溜池が溢れんばかりの雨を降らせてみようぞ!!」
【第六景】
モラ、高校の制服を着ている、リュートも同じ高校の制服を
モラ 「(ごきげんようポーズ)どお?」
リュート「似合わね~!(鼻の頭をかく)」
モラ 「あれれ、リュート。照れてんの?」
リュート「べべべっ、別に、照れてねーし」
モラ 「だってリュート、鼻の頭かくのって、だいたい嘘言ってる時じゃない?」
リュート「(咳払い)入学おめでとう」
モラ 「ナニソレ。じゃあ、リュートもおめでとう」
リュート「今日から二人の高校生活が始まるわけじゃん?」
モラ 「うん。『二人の』ってところがちょっと気になるけど、そうね」
リュート「……あのさ、モラ?」
モラ 「ん?」
リュート「あのさ!俺ッ……」
モラと同じ制服のカノン登場
カノン「おはよー。リュート!モラ!」
モラ 「え?カノン?もしかしてカノンなの?どうして」
カノン「パパのお仕事の都合で、地球に降りてくることになったの」
リュート「あー!小学校の時、月に転校してった?」
カノン「ちゃんと憶えててくれた?」
モラ 「だって約束したじゃない。カノンのこと、ずっと忘れないからって」
リュート「もちろん(鼻の頭に手を)」
カノン「キレイになったカノンさんを見て、ビックリしちゃったんじゃない?」
モラ 「ホント、見違えちゃった!」
カノン「今日から三人の高校生活が始まるね」
その日の放課後
リアム「無論、憶えていますよ。小学四年生に進級するタイミングで、お父さんのお仕事のご都合で月に転校して行きました。あの、若干モラの心拍数が上がっていますが」
モラ 「だって、カノンに再会できて嬉しいんだもん」
リアム「嬉しい……。またです。僕には理解が難しい言葉です」
モラ 「人間は感情の動物なのよ。感情がわからなきゃ、人間を理解できないわ」
リアム「あの、例えば、モラは、最近何を『嬉しい』と感じました?」
モラ 「最近嬉しかったこと?そう、えと、あ、この辺じゃ滅多に見られない鳥を観察したこと!迷鳥、って言ってね」
リアム「知ってます。季節風に流され本来の渡りのコースから外れてしまった鳥です。迷い鳥(まよいどり)と書いて迷鳥ですね」
モラ 「それが嬉しいって気持ち。想像できる?」
リアム「う、ん~」
モラ 「嬉しいのと同時に、ちょっぴり寂しくて、切ないって言うか」
リアム「何ですか、その感情!お手上げです。想像できません!」
モラ 「独りぼっちの鳥を見てたら、普通は寂しくなるのよ。どうしてリアムは人間の感情を理解したいの?」
リアム「その答えははっきりしています。モラのことが好きだからです」
モラ 「え?それは、どういう……」
リアム「僕はモラのことが好きです。だから、モラのことなら全部、知りたいんです」
モラ 「それは、単純な興味?好奇心?それとも……愛?」
リアム「理解できません。質問を変えてください」
モラ 「そっか、感情が理解できないんだった。私ったらバカね」
【第七景】
教室ガヤ
モラはひとり、窓際でノートを閉じる
級友 「(オフ)モラ~、帰んないの~。雨降るってよ~」
モラ 「ごめ~ん、大丈夫ぅ。ちょっと寄り道してくから」
鞄を肩にかけて一旦ハケる
空がにわかに暗くなり、土砂降りの雨
風の音、モラがオチョコの傘で出てくる
モラ 「(気象現象に毒づくセリフ・役者のアドリブ)」
足元の水たまりにスマホを落としてしまう(水に落ちる音?)
しゃがみ込んでスマホを拾い上げる
モラ 「えぇえ~えぇ~」
画面が濡れ、泥がついている
モラは唇を噛み、袖で拭こうとするが、うまくいかない
リアム「(傘を差して来る)」
モラの頭上にそっと傘を差し出すリアム
リアムの肩が濡れていく
モラ、リアムを見上げる
リアムは何も言わず、モラの手からスマホを受け取る
ハンカチで丁寧に拭き、そっと返す
モラが何か言おうとするが、言葉にならない
リアム「なにか?」
戸惑うモラ
二人はひとつの傘で歩き出す
リアムの肩は濡れたまま
だが、彼は一度も傘を自分の方へ傾けようとはしなかった
雨音が弱まり、空に薄い夕焼け
モラ 「(スマホを確認して)……ありがとう。こわれてない」
リアム「それは良かったです」
モラはリアムの方をちらりと見る
リアム「何か?」
モラ 「(照れながら)傘、ありがとう。……濡れたでしょ?」
リアム「(首を横に振って)僕のことは、いいんです」
リアムは立ち止まり、空を見上げる
モラも立ち止まり、同じ空を見る
遠雷、鳥の鳴き声
モラ 「(小さく何かつぶやく)うん、なんでもない」
二人は再び歩き出す
夕焼けの中、並ぶ影が少しずつ近づいていく
【第八景】
図書館棟の中庭、鳥のさえずり
モラはベンチに座り、文庫本を読んでいる
リアム、静かに近づく
モラ 「(ややあって)……ごめん。気がつかなかった」
リアム「モラが集中していたので、声をかけられませんでした。物語ですか」
モラ 「うん。梶井基次郎」
リアム「あぁ『檸檬』ですね」
モラ 「複雑よね、人のココロって」
リアム「心、ですか」
モラ 「自分でも上手にコントロールすることができないの」
リアム「機械の僕にも……心が持てるでしょうか」
モラは少し驚いたようにリアムを見つめる
そして、ふっと笑う
モラ 「心って、数字で表せるようなもんじゃないし。えっと、……相手のことじっと見つめたり、手で優しく頬に触れたり、抱きしめ合ったりして。そう、自然に感じるもの、伝わるもの。それが心だよ」
風の音、鳥のさえずり
リアムはモラの目を、まっすぐに見つめる
モラは少し戸惑いながらも、視線をそらさない
数秒の沈黙
リアム「こうですか?じっと見つめて、優しく触れる」
その動きはぎこちないが、どこか慎重で、優しい
モラ 「……今、ちょっとだけ伝わった気がする」
リアムは無言のまま手を離さず、ただ静かにモラを見つめ続ける
二人、手を重ねたまま静かに向き合っている
モラがそっと手を離す
モラ 「(少しうつむきながら)……リアム……なんで、そうしたの?」
リアムは少しだけ首をかしげて、静かに答える
リアム「“伝わる”と、モラが言ったから」
モラ 「……ずるいな、そういうの」
リアムはその言葉の意味を測りかねているように、黙って見つめる
モラ 「(空を見上げながら)ねえリアム。もし、あなたがほんとうに“心”を持つようになったら……」
少し間を置いて
モラ 「私、たぶん、逃げられなくなる」
リアムはその言葉を受け止めるように、モラの横顔を見つめる
モラは視線を合わせず、ただ空を見ている
遠くでチャイムの音
リアム「逃げる必要はあるのでしょうか?」
モラ 「……それは、あなたがもっと“人間”になったら、その時に考える」
【第九景】
チャイムが鳴って、放課後の教室、高校一年生
カノンとモラがいる
カノン「なぁに、急に。たとえばの話って?」
モラ 「だから、その、もしもの話だよ。もしも好きになった相手が、そのぅ」
カノン「うん。?……え?何?モラにも春がきたの?!」
モラ 「いや、一般論ね!あたしのこととかじゃなくって」
カノン「ふぅ~ん。まぁいいか。それで?」
モラ 「それでサ、その、好きになった相手がさ、絶対に叶わない相手だった場合」
カノン「奥さんのいるオトコか!?辛い思いするのはモラだよ、きっぱり諦めなさい!」
モラ 「じゃなくて、なんていうか、恋愛対象として見ちゃいけない…みたいな?」
カノン「弟、とか?モラに兄弟なんていないか」
モラ 「いいから!一般論としてどう思う?」
カノン「う~ん……その、モラの言ってるのは、ホントの好きじゃ、ないんじゃないかな」
モラ 「ホントの好きじゃない?とは?」
カノン「決して成就することのない恋だから、安心して好きでいられる。失恋が前提の恋。疑似的な恋愛。恋に恋してるんだよ、モラは」
モラ 「(イラついて)……よくわかんないや。でも、そんなものなのかな」
カノン「そんなものよ。知らんけど」
リュートが教室に入ってくる
リュート「あれ、なんだ、まだ帰らないの?」
カノン「!女子の秘密なの。リュートは何してんのよ」
リュート「いやあ、大事なもん忘れちゃって」
机(箱馬)の中から〝進路希望調査書″を取り出す
リュート「これこれ」
カノン「ちょっと、それ、進路希望調査。提出、明日の朝だよね」
モラ 「え?間に合わないんじゃない」
リュート「大丈夫、やりたい仕事は決まってるからさ、スグ書けるし。俺、リアムを見て考えたんだ。これからの宇宙開発には、苛酷な条件下でも動ける、タフなロボットが必要なんだって。俺、モラのお父さんの研究を、さらに先に進めたいんだ」
モラ 「父さんの研究を……?」
カノン「へえ。リュートにしては上出来じゃん。ちゃんと考えてるんだ将来のこと」
リュート「褒めてるのかな、それともバカにしてるのかな」
カノン「さて、どっちでしょー。ふふっ。私はね、温暖化対策のアイデアをいくつか持ってるんだ。それをカタチにするの。パパと同じ分野にあえて飛び込んで、パパをあっと言わせたいんだ」
リュート「カノンのお父さん、『プロジェクトかぐや』の関係者だよね」
カノン「月の方は一段落して、今は火星のテラフォーミングやってるの。だから私の勝負の舞台は火星なのよ(シャキーン)」
リュート「モラは?やっぱり鳥関係の仕事?」
カノン「あれ、どした、モラ」
モラ 「え!あ、う~ん、あたし進路希望にクラゲって書いて出しちゃった。だって、まだ高一だし、そんなに急いで決めなくてもいいかなって」
カノン「いや、クラゲはないよ。いーい?モラ、いつまでも子どものままじゃいられないんだよ。自分の生き方は自分が決める。他の誰かに決められちゃう前にね」
人工音声の校内放送が流れる
校内放送「下校時刻十分前になりました。校内に残っている生徒の皆さんは、使用教室の戸締り・消灯をして、速やかに敷地の外へ退出してください。下校時刻十分前になりました……」
カノン「あー、ホラ、警備ロボットが巡回してくるよ」
カノンがはけてモラも去ろうとする
リュート「あのさぁ、ちょっといい?」
モラ 「ん?何?」
リュート「俺はさぁ、そのぅ、モラにとって……え、と、いいお友だち、なのかな?」
モラ 「うん、そうだよ、もっちろん。ずっとずっとリュートとは友だちのまんまだよ」
リュート「え、と、それって……そっか、ありがとね」
モラが去る
リュート「ずっと友だちのまま、か……」
【第十景】
夜。静かな湖畔。月が水面に揺れている
リアムとカノンは並んで腰を下ろしている
風は草を揺らし、虫の声が遠くに響く
カノン「なぁに、リアム。聞きたいことって?」
リアム「ええ。もしご存知でしたら、カノンの言葉で説明していただきたいのです。あの……人間の心とは、何ですか?」
カノン「(少し驚いたように微笑む)また難しいこと聞くんだね、リアムは」
少し間を置いて、湖面を見詰めながら
カノン「ねえリアム、心ってね、痛いものなんだよ」
リアム「痛い?」
カノン「誰かを好きになると、その人が笑うだけで嬉しくなるんだけど、同じくらい、他の誰かと、私じゃない他の誰かと笑ってるのを見ると、心がギュってなるの」
リアム「痛み……それは、損傷とは違うのでしょうか」
カノン「(くすっと笑って)うん、違うよ。人の気持ちって、方程式みたいに割り切れないの。好きと嫌いが同時にあることもあるし、昨日の自分と今日の自分が違うこともある。心って面倒で、でもだからこそ、愛おしいのよ」
リアム「(少し考え込むように)モラも昔、同じ意味のことを言いました。心は数字では計れないと。物語では、人は誰かのために泣くことがあります。でも僕は、泣くということができません。それは、心がないことの証明でしょうか」
カノン「(リアムの横顔を見詰めながら優しく)モラのことになると一生懸命だもんねリアムは。……でも、誰かのために一生懸命になれるって、それがあるなら、きっともう、あなたの中には〝心″があるんだと思う」
リアムは何も言わず、静かに月を見詰める
カノン「好きになればなるだけサ、痛いんだよネ、この心がサ。切ないんだよね、こんな月の夜にはサ。心なんて重たいもの、捨ててしまいたくなる」
風が吹き、カノンの髪が揺れる
立ち上がると、去ろうとするカノン
リアム「ありがとうカノン。まだまだ僕には理解が難しいようだけど」
カノン「人間の感情なんか理解しないほうがいいかもネ。心なんて厄介なもの、ないほうがどれだけマシか。リアムみたいにまっすぐなの、羨ましいぐらい」
草蔭からモラが出る
モラ 「(叱るように)リアム!」
リアム「モラ」
モラ 「何を話していたの、こんなところで、二人っきりで」
カノン「別に内緒話をしてたわけじゃないよ。リアムがさ、心って何だ?って聞くから、それに答えてただけ」
リアム「カノンの答えはモラの答えとほぼ同じでした。数字では表すことができないと」
モラ 「それはいいけどさ。カノン、あんまりリアムにおかしなこと教えないでよね。あたしのリアムなんだから」
【第十一景】
森村家、リラが出る
リラ 「ごめんなさい。モラは留守なのよ」
リュート「いぃえ。今日はリアムに用事があって」
リラ 「リアムに?」
リアムが出ると入れ替わりにリラ退場
リュート「この前はありがとう、いろいろとキミのからだを調べさせてもらって。大いに勉強になったよ。俺、ロボット作りに大学行くよ」
リアム「ロボットが人間になる方法はわかりましたか?」
リュート「ああ、そうだった。人間になる方法。結論を言うと、答えはノーだ。キミの構造は複雑すぎて、正直、どうやって動いているのかわからなかった」
リアム「僕のパーツは、森村博士がジャンク屋からキロ幾らで仕入れてきたものです。設計図があるかと、地下室を念を入れて探したのですが」
リュート「リアム、キミにとって人間とはなんだ?」
リアム「観察の対象です。実に興味深い」
リュート「じゃあ、キミにとって……モラはどんな存在?」
リアム「モラは守るべき対象です。森村博士がそのようにプログラミングしました」
リュート「そうじゃなくて、どう思っているかってこと。キミはモラに対してどんな感情を抱いている?」
リアム「いやだなあ、僕はロボットですよ。感情はないんです」
リュート「あぁ……わからない奴だな。少なくともモラは、リアム。モラはキミのことを特別な目で見ているんだぞ」
リアム「それは僕も同じです。モラは特別です。モラのことをもっと知りたいです。僕はモラが好きです。モラの感じていること、モラの考えていること全てを知りたいのです。モラと同じものを見て、同じように感じて過ごしたいのです」
リュート「ヤメロ!そう言ってモラを惑わせたのか。機械人形のお前が!」
リアム「無理なことは承知です。でも僕は、人間になりたいのです」
リュート「なら人間に近づく方法を教えてやろうか?」
リアム「ありがとうございます」
リュート「機械人形が人間になることはない。だから、せめてモノマネを教えてやろう」
リアム「モノマネ、ですか?」
リュート「そうだ。例えば泣く時は、アとウを繰り返すといい。そうすればだんだんと泣いてるように見えてくる」
試しにアとウをくり返し発音してみる
と、その隙にリュートがリアムの背中から一つの部品を外す
リュート「もう一つ、人間に近付く実験だ。この部品はキミのパワーが解放されるのを抑止するリミッターだ。さぁ、これが外されたらどうなるか」
照明変化、リアムV‐Max発動!
リアム「そんなに見たいか?僕の本当の力を」
リアムがリュートを殴る
リアム「わかっただろう。人間と同じように感情を持てば、ロボットは人を殴れる。何故なら人を傷つけるのはいつだって人だからだ。これで満足だろう、僕はロボットとしては不完全だ。お前の望み通り、それが証明できたのだからな」
リュートをさらに追い詰めるリアム
と、異変に気づいたリラがリアムの電源を切り、ことなきを得る
リラ 「リアムのリミッターを解除するなんて。わざと暴走させたのね」
リュート「すみません」
リアム、再起動される
リラ 「リアムの身体はわからないことだらけなんだから、下手にいじくらないで頂戴」
リアム「おかしいです。エネルギーが極端に減っています。何かありましたか」
リュート「……いや、ちょっと、……なんでもない」
リラ 「リアム、いらっしゃい、充電してあげる。……ひとつ、警告するわ。人間になんて憧れるもんじゃない」
リアム「どうしてですか?」
リラ 「……だって、空も飛べないし速くも走れない。海に潜ることだって苦手なのよ?ロボットのあなたの方が数段優れているわ」
リアム「僕は、自分の生まれた意味を知りたいんです。森村博士は何が目的で僕を造ったのでしょう」
リラ 「そんなの、私だってわからない。生まれた意味も、大人になるってこともね。」
リアム「大人に「なる」、のですか?自然になるものなんでしょうか。物語の主人公は皆、葛藤や挫折を乗り越え、自らを大人に「する」ように能動的に振る舞います。それとも僕の大人の解釈が間違っているのでしょうか」
リラ 「間違ってない。それが大人になるってことよね。ね、リアムお願い。ずっとモラを、あの子を守ってくれるって約束して」
リアム「もちろん僕はいつもモラのそばにいます。それは変わりません」
リラ 「ありがとう。でも、あなたのからだはブラックボックスだってことを忘れないで。もし今度暴走するようなことがあったら、私はあの子の母としてリアム、あなたを側に置くわけにはいかない。もしそうなったら、私はあなたを」
【第十二景】
赤鬼の雨乞いダンス
暗い照明、激しい雨と風のSE
村人甲「雨だ!雨が降ったぞ!!!」
赤鬼 「もっとすごい雨を降らせてやろう!」
村人乙「川の水かさが増してきた!川には近づくな!!」
語り部「雷鳴と豪雨と、激しく叩きつけるような雨が三日三晩も降り続いた。(セミの声、照明変化)そして四日目の朝……」
村人丙「昨日までの雨が嘘みたいに晴れよったあ」
村人甲「みろ!溜池の水がたくさん溜まっちょる!赤鬼め、やりよったのお」
村人乙「雨ば降った祝いに朝まで祭りじゃ!今宵は村じゅう総出で朝まで踊っとよ!赤鬼は、森に行って猪でも獲ってきてくれんね。お前の好きな五平餅をこさえて待っとるけん!」
赤鬼 「わかった!ワシの分、ちゃんととっといてくれよ!」
赤鬼が森に向かう
赤鬼 「村人たちが喜んでいる。自分の働きで喜んでもらえるのは嬉しいもんだ。そう言えば最近青鬼の姿を見ておらんな。確かここら辺でいつも会っていたが……」
青鬼 「おう赤鬼!」
赤鬼 「やあ青鬼!久しぶりだな。お前には礼を言いたかった。お前のお蔭で人間と仲良くなれた。お蔭でワシは毎日が楽しい。充実してる。暮らしにハリが出てきたというのかな」
青鬼 「そいつぁ、良かったじゃねーか」
赤鬼 「青鬼も一緒に来いよ。これから祭りなんだ。ワシが話せば青鬼も、悪い奴じゃないってわかってもらえるから」
青鬼 「フン、止してくれ。妾は人間なんかになびくつもりはないわいな」
赤鬼 「嫉妬か?」
青鬼 「鬼が誰かを羨んだり、憎んだりすることはない。お前、人間臭くなったなあ。とにかく妾は人間が好かん。帰れ。二度とここに来るな」
赤鬼 「なぜだ?なぜお前は人間をそこまで嫌う?」
青鬼 「煩い奴だ。(顎で麓の村を示し)見ろ、このありさまを」
赤鬼 「なんだよこれ……」
青鬼 「お前の降らせた雨のせいだ。お前がいい気になって雨を降らせたせいで、川下の村は大洪水だ。田畑は流され、牛も馬もそして人も、濁流に呑まれて、溺れて死んだ。知っていたんじゃないのか?」
赤鬼 「え?」
青鬼 「鬼の力で雨を降らせたりしたら、川下の村がただじゃ済まないってことを」
赤鬼 「そんな、嘘だ」
村人甲「オラたちの思ってた以上に降らせてくれたなあ。お蔭で溜池の方は水が満々じゃ」
村人乙「川下の村は無事じゃなかろうな」
村人が笑っているところに赤鬼が帰ってくる
言葉もない赤鬼
村人丙「おお、赤鬼。今ちょうどお前のことを噂しとった」
赤鬼 「みんな、わかってたのか?」
村人甲「……はて?なんのことやら」
赤鬼 「とぼけるな!川下の村に洪水が起きることを。承知の上でワシに!」
村人乙「今さら何を言い出すかと思ったら。それじゃあ聞くが、赤鬼、お前はオラたちがどうなっても平気だって言うのか」
赤鬼 「そうではない!しかし、なぜこんな事を。他に方法が、なかったのか」
村人丙「まぁ、川下の村には悪いが、オラたちもこうせねば、干上がってしまうからだなのじゃ!」
赤鬼 「お前ら人間じゃねぇ!」
村人甲「これはこれは。鬼のお前が言うか」
村人乙「まあ、言う通りにしてくれて助かった」
赤鬼 「人間とは、かくも醜いものであったか」
崩れ落ちた赤鬼に近づく青鬼
青鬼 「お前は人間に利用されていただけなんだ。わかったか。鬼が人間を喰うんじゃない、人間が人間を喰らうんだ。」
赤鬼が泣く
【第十景】
大学生、研究発表するリュート
客席で見ているモラ、カノン、リアム
モラ 「何を言ってるのか、さっぱりわかんないや……」
カノン「緊張してるみたいね、リュート」
リュート「これからの宇宙開発に使用するロボットは、個体同士が互いに連携し合うシステムを搭載する必要があります」
モラ 「ということは、リアムみたいなロボットはお払い箱なの?」
リアム「えーっ、嫌です、そんな」
カノン「いやいやいや、きっとリアムも人の役に立つことがあるよ。知らんけど」
リアム「さんざん僕の中身をいじくり回しておいてそれはないです」
発表が終わって、モラとリアムははける
階段に座り込むリュート
カノン「やっぱり、ここにいると思った。」
リュート「ごめん、せっかくカノンがくれたチャンスだったのに」
カノン「こっちこそ、うちのパパがゴメン。学生相手にあんな言い方するなんて」
リュート「いーや、悪いのは俺のほうだから。曖昧にしてた部分を案の定ツッこまれたわけで、かえって良かったんだ」
カノン「パパの悪い癖なのよ。興味のある研究内容にはついアツくなっちゃって、見境が付かなくなっちゃうの。見所のある相手には、特にね」
リュート「慰めのつもり?」
カノン「お、イッチョ前に拗ねちゃって。はい、じゃ!大学戻るわよ!」
リュート「え?」
カノン「研究室に戻って、データの洗い直し」
リュート「えー、発表終わったばっかなのに?休みなしなんだぜここんとこ。今日ぐらい寝かしてやってくれよ」
カノン「下手な考え、休むに似たり。ウチも協力するわ。そんでパパにリベンジするの。ホラ、行くわよ」
リュート「リベンジ、って、あの」
リュートを引きずるようにカノン退場
【第十三景】
モラが単サスに出る
モラ(語りの現在)「あの頃の私は、まだ将来の自分を決められないでいた。そんなに慌てなくてもいい、明日になればいつもと同じ日常がやってくる、もう少しこのままでいよう、そう思ってた。だけど」
常の照明に戻る
リアム「モラ、どうしました?」
モラ 「(双眼鏡を覗き)あそこ見て。見慣れない鳥が飛んでる。ホラ、あそこにも」
リアム「どの鳥です?」
モラ 「ほら、あの子」
リアム「ああ。飛行スピード。それにあの翼の形状。ブーメランのような形をしていますね。全体的にこげ茶色の羽毛を持っています。ヨーロッパアマツバメではないかと推察されます」
モラ 「ヨーロッパ?(図鑑で確かめて)あの子たち、何でこんなとこに?」
リアム「推論を述べることをお許しください。まず、地磁気の乱れが、彼らの方向感覚を狂わせた。そのため渡りのルートを見失ったことが考えられます。二つ目に、温暖化の影響。エサとなる昆虫が卵からかえる時期が変化した。その昆虫自体、住む場所が移動してきています」
モラ 「思い過ごしだったらいいんだけど。よくあるじゃない。動物の異常行動って、なにかの前兆だったりするじゃない」
リアム「気になるようであれば、お調べしましょう。全世界のラジオ放送を受信して、情報収集を試みます。しばらく時間をください」
ラジオ音声「ボンゴジアの研究チームが、新しいバクテリアの培養に成功しました。このバクテリアは二酸化炭素を食べて生長する性質を持っており、地球温暖化対策の切り札になるのではないかと、全世界から注目を浴びています」
双眼鏡から目を離して
モラ 「アジサシがあんなに。なんで?大量に死んでる」
リアム「どうやら良くないことが進行しているようです。先日のヨーロッパアマツバメの件ですが、渡り鳥の異常な行動は、世界中で報告されています」
モラ 「良くないこと、って?」
リアム「現段階では何とも」
モラ 「考えを聞かせて。推論で構わないから」
リアム「それでは、あらかじめ情報の少ないことをお詫びしておきます。中央アジアのボンゴジアで、これまでにない新しい感染症が確認されました。この病気はバクテリアが生物の体内に入り込み発症します。小動物への感染に始まり、昨年末にはついにヒトへの感染が確認されました。このバクテリアは、生物の種類を問わず、肝臓だの腎臓だのといった内臓を喰い破りながら増殖します。今年に入って急速に世界のあちこちで感染者が報告されるようになりました」
モラ 「それが、アジサシの死と関係があると?」
リアム「わかりません。しかし、渡り鳥がこのバクテリアを運んでいるとしたら。世界中の生物は……。あ!(耳を押さえて)ちょっと失礼」
モラ 「何?どうかした?」
リアム「たった今、良くない情報が入りました。ボンゴジアの研究施設では、遺伝子操作の技術を用いて、新しいバクテリアを人為的に造り出す実験を繰り返していました」
ラジオ音声「この人喰いバクテリアは、何らかのミスで施設の外へ流出したものと見られています。WHO、世界保健機関は、ボンゴジア政府に対して厳重な抗議をするとともに、この事態への対応を最優先する構えを示しました」
リラ、モラ、リアム出る
リュート出る
リュート「月面行きシャトルのチケットが手に入った。これでお母さんと地球を脱出するんだ」
モラ 「リュートは?大丈夫なの?」
リュート「俺とカノンは明後日の便で行く。駅まで送るよ」
モラ 「ありがとうリュート、何から何まで」
リュート「気にするな。(リラの荷物を持ってやる)行きましょう」
リュート、リラとはける
モラ 「リアム、行こう!」
リアム「モラ」
モラ 「ん?なに」
リアム「ここでお別れです」
モラ 「え?何言ってるの」
リアム「突然ですが、すみません、僕は地球に残ることにしました」
モラ 「なんで?一緒に……」
リアム「僕のからだは、地球の環境に対応するように作られています。月での生活には多くのイレギュラーが予測されます。重力、磁場、温度」
モラ 「人間なんかより、よっぽどあなたの方が頑丈にできてると思うけど」
リアム「月の環境がどんな影響を僕に与えるか、予測できません。僕のからだはブラックボックスなんです。僕が何か誤作動を起こして、モラ、あなたを傷つけてしまうかも知れない」
モラ 「大丈夫よ。ロボットは人を傷つけないんでしょ……?」
リアム「僕は人を殴ったことがあります。人類にとって、いいえ、モラにとって僕は、居ないほうが良い存在なのです」
モラ 「そんなこと」
リアム「もしかしたら僕は、あの時、スグに、スクラップになるべきだった……。モラ、ここでお別れです」
モラ 「そんな、きっと、どうにかなるし。大体、地球に残ってどうするつもり。生き物が苦しみながら死んでゆくのを最後まで見届けるとでも」
リアム「もし僕が!……もし僕が今度暴走したら、そうしたらモラは」
モラ 「?」
リアム「モラは、僕を、……破壊してくれますか?」
モラ 「(笑い)……え?」
リアム「悲しいけれど、お別れしましょう」
モラ 「……悲しい?感情のないあなたが?悲しいんだったら泣いて見せてよ。泣けないんじゃない。ロボットに悲しいなんて感情がある訳ないのよ。人間の気持ちなんて分かるはずないのよ!……さよなら」
モラ、キャラメル去り
リアム「こんな時、僕は泣けません。モノマネでしか泣けないのです。こんな時、もしも僕が人間だったなら、人間のように泣くことができたなら……。アー、ウー。アー、ウー。アー、ウー。……」
次第に泣き声になっていくリアム
【第十四景】
リアムの受信機にラジオのニュースが入る
泣くだけのリアム
ニュース「こちらは、地球軌道通信ネットワークです。臨時ニュースを申し上げます。軌道エレベーターの発着施設、いわゆる『アースポート』で暴動が起きています。現在シャトルの発着が見合わされている状況です」
リアム「(ようやく顔を上げる)」
ニュース「この暴動は、チケット抽選に落選した市民ら数百人が抗議のために集結したことから始まりました。抗議は次第に過激化し、施設周辺に設置されていた建設用重機が横倒しにされ、主要ゲートがバリケードで封鎖されるなど、施設へのアクセスが完全に遮断されています」
リュート駆け込んできて
リュート「リアム。まだここにいたのか。落ち着いてよく聞いてくれ」
リアム「状況は把握しています。モラのシャトルは?」
リュート「(首を横に振り)ホントにどうしようもないな、群集心理ってヤツは。人類が生き延びるかどうかって瀬戸際に!」
リュート、リアムと現場に駆け付ける
リアム「リュートに一生のおねがいがあります」
リュート「どうした、こんな時に」
リアム「こんな時だからこそ、おねがいするんです。もう一度、僕を暴走させてくれませんか」
リュート「リアム、キミの考えてることは無茶だ」
リアム「無茶でも!……いまの僕にできることの精一杯なんです。僕は不完全なロボットです。僕は月には行けません。だからもうモラを護ることはできません。彼女のことは、モラのことは、これからはリュートが護ってあげてください」
リアムがバリケードに近付く
重機が次々に襲い掛かる
立ち回りは歌舞伎風
封鎖されたバリケードを破ることに成功
シャトルが無事に離陸する
【第十五景】
語りの現在
モラ 「ずいぶん酷いことを言ってしまったわ。ずっと、ずっと気に掛かっていたのよ。どうしても直接あなたに謝りたくて」
リアム「どうかご心配なく。僕には感情がありません。だから傷つくことなどありません」
モラ 「最近、思い当たって、それ以来ずっと、頭から離れないひとつの推論があるのだけれど」
リアム「珍しいですね。モラの推論ですか」
モラ 「リアムは父さんが造ったロボットだから、きっとどこか欠陥があるって、母さんは言ってたけど」
リアム「はい」
モラ 「リアムの最大の欠陥。もしかして、リアムは父さんだったんじゃない?自分の身代りとしてリアムを造ったんだとしたら。そう考えると、いろいろと説明がつくのよ」
リアム「実に興味深い、推論ですね」
リアムの姿がいつの間にか消えている
モラ 「でも、もう、確かめることはできないわね」
鳥の鳴き声がする
モラ 「アジサシが、還ってきてるのね。双眼鏡でも持ってくればよかった」
モラ 「今度、火星に住むことになってね。もう二度と、地球に還ることもないだろうから」
モラ 「雨があがったみたい」
月が出る
モラ 「夜空にぽっかり、お月様が出ると、つい月に見入ってしまうけれど」
月に背を向けるモラ
月虹が見える
スクラップになったリアムに、花束を手向ける
夜明けが近い
《幕》